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	<title>西教寺｜浄土真宗本願寺派｜福岡県宗像市</title>
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	<description>らしのそばで、仏さまの教えとご縁をつなぐお寺。</description>
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	<title>西教寺｜浄土真宗本願寺派｜福岡県宗像市</title>
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		<title>無明〜自分では気づけない迷いについて〜</title>
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		<dc:creator><![CDATA[青木 法香]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Apr 2026 06:16:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[僧侶の法話]]></category>
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					<description><![CDATA[みなさん、あとから「やってしまったなあ」「ああすればよかったなあ」と思うことはありませんか。 あの時は「これでいい」と思っていたのに、時間が経ってから間違いに気づく。 そんな経験、どなたにもあると思います。 実は、仏教ではこういう状態を「無明（むみょう）」 自分では気づけない迷いといいます。 今日は、親鸞聖人のご和讃を一つ皆様と一緒に味わわせていただこうと思います。 弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり 法身の光輪きわもなく 世の盲冥を照らすなり これは、 阿弥陀さまは、はるか昔からずーっと、 私たちを照らし続けてくださっている、ということです。 しかもその光は、 「ちゃんとした人だけ&#8230;]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-medium-font-size">みなさん、あとから「やってしまったなあ」「ああすればよかったなあ」と思うことはありませんか。</p>



<p class="has-medium-font-size">あの時は「これでいい」と思っていたのに、時間が経ってから間違いに気づく。</p>



<p class="has-medium-font-size">そんな経験、どなたにもあると思います。</p>



<p class="has-medium-font-size">実は、仏教ではこういう状態を「無明（むみょう）」</p>



<p class="has-medium-font-size">自分では気づけない迷いといいます。</p>



<div style="height:32px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="has-medium-font-size">今日は、親鸞聖人のご和讃を一つ皆様と一緒に味わわせていただこうと思います。</p>



<div class="wp-block-group" style="font-size:33px"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p><strong>弥陀成仏のこのかたは</strong></p>



<p><strong>いまに十劫をへたまえり</strong></p>



<p><strong>法身の光輪きわもなく</strong></p>



<p><strong>世の盲冥を照らすなり</strong></p>
</div></div>



<div style="height:19px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="has-medium-font-size">これは、</p>



<p class="has-medium-font-size">阿弥陀さまは、はるか昔からずーっと、</p>



<p class="has-medium-font-size">私たちを照らし続けてくださっている、ということです。</p>



<p class="has-medium-font-size">しかもその光は、</p>



<p class="has-medium-font-size">「ちゃんとした人だけ」を照らす光ではありません。</p>



<p class="has-medium-font-size">「やってしまったなあ」という私も照らす光です。</p>



<div style="height:16px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="has-medium-font-size">たとえば、暗い部屋で足の小指をぶつけたこと、ありませんか。</p>



<p class="has-medium-font-size">「ああっ！」ってなりますよね（笑）私もよくぶつけます…</p>



<p class="has-medium-font-size">あれ、電気がついてたらぶつけないんです。</p>



<p class="has-medium-font-size">つまり見えてないからぶつかるんです。</p>



<p class="has-medium-font-size">私たちの毎日も、ちょっと似ていまして、</p>



<p class="has-medium-font-size">見えてないのに「ちゃんと歩いてるつもり」になっている</p>



<p class="has-medium-font-size">これが無明なんですね。 </p>



<div style="height:16px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="has-medium-font-size">ここで大切なのは、</p>



<p class="has-medium-font-size">&nbsp;私たちが立派だから照らされるのではないということです。</p>



<p class="has-medium-font-size">そうではなく、</p>



<p class="has-medium-font-size">&nbsp;迷っている私、そのままを照らしてくださっている</p>



<p class="has-medium-font-size">しかもその光は、今届いたものではなく、</p>



<p class="has-medium-font-size">&nbsp;はるか昔から、ずっと変わらず届いている</p>



<p class="has-medium-font-size">というところに、深い意味があります。</p>



<p></p>



<div style="height:17px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<p class="has-medium-font-size">私たちは、「ちゃんとしなきゃ」と思って頑張りますが、</p>



<p class="has-medium-font-size">なかなか思うようにはいきません。</p>



<p class="has-medium-font-size">でもこの和讃は、</p>



<p class="has-medium-font-size">そんな私をそのまま照らしてくださっている世界が、すでにある</p>



<p class="has-medium-font-size">ということを教えてくれます。</p>



<p class="has-medium-font-size">今日もまた何かやってしまうかもしれませんが（笑）、</p>



<p class="has-medium-font-size">その私が、すでに見捨てられていない</p>



<p class="has-medium-font-size">そこに安心をいただいていきたいと思います。</p>



<p class="has-medium-font-size"></p>



<p class="has-medium-font-size"></p>
]]></content:encoded>
					
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		<title>慈愛と渇愛</title>
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		<dc:creator><![CDATA[青木 法香]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Mar 2026 03:00:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[僧侶の法話]]></category>
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					<description><![CDATA[十方微塵世界の念仏の衆生をみそなはし摂取してすてざれば阿弥陀となづけたてまつる 現代の言葉にいたしますと、「数えきれないほど多くの世界の念仏申す人びとをすべて見通し、しっかりと摂め取って、決してお捨てにならない。そのはたらきがあるからこそ、阿弥陀と申しあげる」という意味になります。「摂取してすてざれば」——すでに摂め取って、決して捨てない。これから救う、ということではありません。もうすでに、捨てられていない、ということなのです。阿弥陀さまは、私が気づくよりも先に、この私を決して見放さないとはたらいてくださっている仏さまです。 奈良や鎌倉の大仏さまは、座っておられます。けれども、浄土真宗のご本尊&#8230;]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">十方微塵世界の<br>念仏の衆生をみそなはし<br>摂取してすてざれば<br>阿弥陀となづけたてまつる</h2>



<p class="vk_block-margin-md--margin-top">現代の言葉にいたしますと、<br>「数えきれないほど多くの世界の念仏申す人びとをすべて見通し、しっかりと摂め取って、決してお捨てにならない。そのはたらきがあるからこそ、阿弥陀と申しあげる」<br>という意味になります。<br>「摂取してすてざれば」<br>——すでに摂め取って、決して捨てない。<br>これから救う、ということではありません。<br>もうすでに、捨てられていない、ということなのです。<br>阿弥陀さまは、私が気づくよりも先に、<br>この私を決して見放さないとはたらいてくださっている仏さまです。</p>



<p>奈良や鎌倉の大仏さまは、座っておられます。<br>けれども、浄土真宗のご本尊、阿弥陀さまは立ち姿です。<br>蓮台という、もともとは座るための台の上に立っておられる。<br>昔から、「衆生を救わずにおれない本願のおこころをあらわしている」といただいてきました。<br>私たちを見て急に立ち上がった、というよりも、<br>迷いの私がいるよりも先に、<br>すでに「必ず救う」と誓われ、その願いが成就して仏となられた。<br>ですから、<br>阿弥陀さまがこちらへ近づいて来られるというよりも、<br>もうすでに、私に向かってはたらき続けてくださっている<br>そういただくのが、真宗のお味わいであります。</p>



<p>先日、ある和上さまが「慈愛」と「渇愛」のお話をしてくださいました。<br>渇愛とは、「あれが欲しい」「こうなりたい」と、尽きることのない欲望のことです。<br>慈愛は、相手を思う愛です。<br>私たちは、自分にも慈愛はあると思っています。<br>けれども、本当にそうでしょうか。<br>ある女性が、入院されたお義母さんのところへ、毎日のように通い続けました。<br>最初は「何かしてあげたい」という思いだったそうです。<br>しかし、月日が経つうちに、<br>「いつまで続くのだろう」と思う自分が出てきた。<br>その自分に気づいて、涙が止まらなくなったというお話でした。<br>ここに、私たちの姿があるのではないでしょうか。<br>決して悪い人間なのではない。<br>けれども、どこかにいつも自分中心の思いが混じってしまう。<br>親鸞聖人は、私たちを「煩悩具足の凡夫」とおっしゃいました。<br>煩悩を抱えたままの存在、ということです。<br>善いことをしようと思っても、<br>その中にどこか自分の思いが入り込む。<br>それが私の現実です。</p>



<p>だからこそ、阿弥陀さまの本願がありがたいのです。<br>立派になってから救う、とはおっしゃいません。<br>煩悩をなくしてから来なさい、ともおっしゃいません。<br>そのまま来い。<br>そのまま摂め取る。<br>決して捨てない。<br>それが「摂取不捨」というお言葉です。<br>私が念仏を申すということは、<br>救われるための条件ではなく、<br>すでに見捨てられていない身であることを聞かせていただく声です。<br>慈愛になろうとしても渇愛が混じる。<br>それでもなお、見放されていない。<br>その世界があるということを、<br>お伝えさせていただくご縁をいただいておりますことを、ありがたく思います。<br>南無阿弥陀</p>



<p></p>
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		<title>初めての法話</title>
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		<dc:creator><![CDATA[青木 法香]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 17 Feb 2026 22:33:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[僧侶の法話]]></category>
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					<description><![CDATA[はじめに 「法話」と聞くと、どこか“立派な話”や“難しい教え”を想像する方もいるかもしれません。 けれど法話は、仏さまの教えを、今の私たちの暮らしの中で聞きなおす時間です。 今日は「初めての法話」として、むずかしい言葉はできるだけ使わずに、“聞いてみる入口”を一緒に作ってみたいと思います。 1. 法話は「いい話」ではなく「聞きなおす話」 法話は、感動させるための話でも、説得するための話でもありません。 むしろ、私が日々の生活で見落としていること、忘れてしまうことを、教えに照らして気づかせてもらう時間です。 たとえば―― ついイライラしてしまう 比べて落ち込む 正しさで相手を追い詰めてしまう 「&#8230;]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h4>はじめに</h4>
<p>「法話」と聞くと、どこか“<strong>立派な話</strong>”や“<strong>難しい教え</strong>”を想像する方もいるかもしれません。<br />
けれど法話は、仏さまの教えを、今の私たちの暮らしの中で聞きなおす時間です。</p>
<p>今日は「初めての法話」として、むずかしい言葉はできるだけ使わずに、“<strong>聞いてみる入口</strong>”を一緒に作ってみたいと思います。</p>
<h3>1. 法話は「いい話」ではなく「聞きなおす話」</h3>
<p>法話は、感動させるための話でも、説得するための話でもありません。<br />
むしろ、私が日々の生活で見落としていること、忘れてしまうことを、教えに照らして気づかせてもらう時間です。</p>
<p>たとえば――</p>
<p>ついイライラしてしまう</p>
<p>比べて落ち込む</p>
<p>正しさで相手を追い詰めてしまう</p>
<p>「自分だけが頑張っている」と感じて苦しくなる</p>
<p>こういう“<strong>よくある毎日</strong>”の中に、実は法話の種がたくさんあります。</p>
<h3>2. 「私のこと」から始まるのが法話</h3>
<p>初めて法話を聞く人が安心できるのは、いきなり教義の説明ではなく、身近な実感から始まるときです。</p>
<p>私たちは、頭では分かっていても、<br />
「やさしくしたいのにできない」<br />
「許したいのに許せない」<br />
そんな自分に出会います。</p>
<p>そして、そのたびに<br />
「もっと強くならないと」<br />
「もっと正しくならないと」<br />
と、自分を追い立てます。</p>
<p>でも仏教は、まずここで立ち止まって、こう問いかけてくれます。<br />
“あなたは、そのまま一人で背負っていませんか” と。</p>
<h3>3. ひとつだけ、覚えて帰ってほしいこと</h3>
<p>初めての法話で、全部分からなくていいんです。<br />
むしろ、ひとつだけで十分です。</p>
<p>それは――<br />
法話は「自分を責める材料」ではなく、「自分をほどく言葉」だということ。</p>
<p>教えは、私を裁くためにあるのではなく、<br />
私が抱えている重さに気づかせ、ほどいていくためにあります。</p>
<p>だから法話を聞いて、もし胸が苦しくなったら、<br />
「私はダメだ」ではなく、<br />
「私は、いま苦しいんだな」<br />
と、気づいてみてください。<br />
そこからすでに、法話は始まっています。</p>
]]></content:encoded>
					
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